

きっかけは担保で預かったイシダイタックル
若い頃はバイクと車にしか興味がなかった…なんていうのはよくある話。そんなときに、ひょんなことからイシダイ釣りの世界に足を踏み入れてしまったのが和渕誉貴さんだ。
「お金を貸してくれっていう方がいらっしゃって、貸したときに竿とリールを置いていくっていうことで…そのときは全然知識がなかったんですけど、イシダイ釣りっていうのがなんかまぁ、すごいお金持ちがする釣りだっていうことだけの情報は知ってたので『それやったらいいですよ』と。それをずっと工場に置いていて…」
借金のカタにイシダイのタックルを置いていくというのは、いかにも磯釣りに熱心な徳島らしいというべきなのかどうか。
「で、たまたま違う年上の子が来て、『イシダイの道具持ってるんやったら、おまえ今週来い』って言って無理やり連れて行かれて。まったく興味なかったけど、当然釣れなかったし。まぁ1尾とりあえず釣るまでやってみようか、ってことで毎週行き始めて。それからもうどんどんハマっていったっていう感じですかね」


ヒップホップの聖地で過ごした20代前半
和渕さんの本業は車やバイクの整備とパーツ販売。何かにのめり込んだらとことん追求しないと気が済まない性分らしい。イシダイを始めてからは釣り具のカスタムなども仕事に加わった。
「僕は基本ね、性格的にこうなんですよ。小さいときから自転車を改造したりとかで、次に原チャリになって、バイクになって。で、車に興味を持ってエンジンを下ろしてタービン組んで、なんやかんやしてボアアップとかやりまくって。22歳かな、好きが高じて自分で(仕事を)やり始めることになった。そのころ急にアメ車にハマってしまって…」
まだインターネットのない時代、情報がなく何も分からなかった。なので知人と一緒に渡米。お金はない、英語もYESとNOしか話せないので、文字通りツナギだけの徒手空拳の旅だった。現地で仲良くなった人の家に転がり込み、本場の知識と空気感をたっぷりと吸収した。
「もうめちゃくちゃハマりましたね、アメ車。一緒に生活して、みんなで走りに行くぞって言ったら、その車に乗せて行ってもらって。銃撃戦もめっちゃあったりとかね。若い子なんかがビール買ってこいって言われて、帰ってきたら血みどろで、ドライバーで刺されたとかで復讐に行くとかね」
完全にヒップホップの世界だが、それもそのはず。和渕さんがいたのはそのヒップホップの中心地であり聖地、数多くのアーティストを輩出しているロサンゼルスのコンプトン。治安の悪さは折り紙付きだ。ビザは取っていなかったので3カ月でお金が尽きたら帰国。 お金できたらまた渡米を繰り返していた。
イシダイ釣りに出合ったのはアメリカの旅が一段落してからだが、和渕さんからは当時受けた影響を今も色濃く感じる。底物釣り師は個性派が多いイメージだが、カーオーディオでヒップホップを轟かせカスタムした車で港に乗り付ける姿はかなりのインパクト。新しいタイプの底物師だといえる。



釣れないからこそ、のめり込んだ
釣りの魅力はさまざまだが、イシダイはなかなか釣れないところに魅力があると言っても間違いではないだろう。和渕さんが魅せられたのは、まさにそんな部分だった。
「初めて連れて行かれたのは牟岐大島。ヤカタに上がりました。時期的にははっきり覚えてないですけど、でも瀬戸貝(イガイ)をビニール袋に20個ぐらい剥いて入れたのを渡されて、だから多分時期的には春先と思うね。3月、4月とか。当然アタリはまったくないし。
なんかこう、まあ性分というか性格かな。魚なんか簡単に釣れるイメージだったのが、まったく釣れんのがムカつくみたいな感じで、とりあえず1尾釣るまで行こうかみたいなノリかな」
その後、初めての釣果があったのは6月の牟岐津島。バックラッシュをほどいていたらバフンウニのエサを食っていた。41cmのイシガキダイだったが、「どんどん泥沼にハマっていった」という。 28歳のときだった。
「そんな力はないと思ってたのに、結構人間が思いきり引っ張ってるぐらいの力があった。そのときイシダイのビデオを初めて買って、それを見て相当引くんだろうなというイメージから、じゃあ一度60cmを体験して…というところやね」
次の目標となった60cmオーバーはそれから3年かかった。実寸で50cm台後半までは釣れていたが、拓寸ではなく誰がどう計っても納得できる60cmオーバーを釣りたかったのだという。
「もうその頃には遅いね。どっぷりハマってるわね、首まで(笑)」




“ノーマル嫌い”のこだわりが見えるタックル
和渕さんの釣りで特徴的なのはやはりタックルだろう。今はクエ竿を改造したものに、ハンドルドラグに改造したリールの組み合わせ。そして50号のオモリを基本に捨て糸を張ったテンビン仕掛け。瀬ズレワイヤーは入れない。
「昔にね、イシダイの雑誌があったんですけど、それに出てくる人たちがみんな独特の釣り方で、その中でクエ竿を使って手持ちでやってる釣りを見て、やってみたら意外といける。その本の中で一番かっこええと思ったのがきっかけかな。いろんなことを自分の中で試した結果、そこに落ち着いてる感じですかね。
もともとは瀬ズレを付けていて、それもどんどん切られるたびに長くなっていって、いちばん長いときで4mぐらい付けてたんかな。 それでもやっぱり飛ばされるときは飛ばされたし。ある方と高知県の松尾にある沖ウスに初めて上がらせてもらったときにハサミでちょん切られて、『和渕くん、気色悪いから今日だけは外してくれ』と言われて、『このテンビン使え』と言うので使って、次の日に魚を食わせて、結局外れたんですけど、抜き上げてるときにドボンと落ちたんですけど、それでいけるなと」
ハンドルドラグのリールはたまたま出会った大阪の方に中古で譲ってもらった。それまでタナの張り出しで切られていたポイントで、初めてイトを出して取る方法を試してみると4kgオーバーが2枚釣れた。結果もさることながら、メカニカルなリールの機構が和渕さんのカスタム魂に火を着けたのは言うまでもない。
「まぁ基本、なんせ改造するのが好きでしょ? 車でもなんでもノーマルが嫌いやからね(笑)」
そんな和渕さんだから、もちろんハリへのこだわりも強い。
「やっぱりハリ先の向きですかね。他の意見があったらごめんなさいなんですけど、僕の持論は基本、イシダイはエサをのんでいる。逃げるとき(ハリが)滑ってきてくれて、ここ(カンヌキ)に掛かるというイメージやから、滑ってきてもらいたいイメージですね。
そのために、ちょっとネムリ気味がいい。これがちょっと開いてると、どこかに先に刺さっちゃうし。 軸は長くなく短くなく…ちょうどこれ、OH口白石鯛(手研)っていうんですけど、僕はいちばん気に入ってるハリですね。 大きさ的には徳島県では17号がメイン。離島とか高知とかクチジロ圏に関してはもう20号から上しか使わないですね」
小バリを使わない理由はバラシが多いこと。確かに小さいハリは食いがいいかもしれないが、大きいハリだから掛かるケースも少なくないと考えている。
「一時期、廃盤になるとかいうんで一生懸命残りの在庫を買ってたら、なんかいっぱい増えてる。廃盤にはならんみたいです(笑)。なので安心してこればっかり使ってます」


掲げるポリシーと大事にしたいプロセス
和渕さんはイシダイ一筋。しかも年中大物を意識して釣行する。「大きいのだけが釣りたい」とまで言ってのける。
「やっぱりイシダイ釣りを始めたとき、釣りたい気持ちが勝ってたから、仕掛けもどんどん落ちていって、ハリも14号に落としたりとか。ある日、『何やってんだろう』と。やっぱり大きいやつ狙って、こんな太い仕掛けとバカにされるけど、それでもたまに小さいのも釣れてくれるからという考え方になっていったのかな」
しかし、ただデカい魚が釣れればいいというわけではない。食わせるまでのプロセスもまた重要なのだ。
「僕、ちょっと他の釣りはやったことないんで分からないんですけど。何だろうね、いまエサを食べにきてるこの魚。こいつを釣りたい。もう名指しでこいつという感じの魚をどう騙して釣るか。もう何年も通い詰めて、こいつを釣るっていう感じ」
逆説的だが、そうやって釣った魚なら小さくてもうれしいという。
「高知県の鵜来島とか牟岐大島とかで70cmオーバーも釣らせてもらいましたけど、やっぱり一番通い詰めたのは木岐。多分僕がいちばん通ったと思うんですよ、一時期。 その中で釣った6kgはなかったんですけど、目方はあるけど体高は短くて65.5cmぐらいかな、実寸で。もう銀ピカのきれいなイシダイやってね。それが多分、僕の人生の中でいちばんうれしかったかな。今のところは」
その後、和渕さんのターゲットはクチジロにまでおよぶ。鹿児島県種子島にも遠征するが、やはり同じ四国の高知で釣ることが目標のひとつだ。
「僕は本当に難しい釣りだと思いますね。 掛けるのが難しいし、掛けてからも大変だと思うし、またいる場所をね、見つけるのが大変だと思うんですよ。イシダイもクチジロもそうなんですけど、いちばん釣る人っていうのは、魚がいる場所をどんだけ分かってるか。魚がいないところでなんぼ名人が行っても多分釣れないと思うんで。年に何回行くって決めたら1年前から自分の中で計算して、この日とこの日の潮やな、と飛行機のチケット早めに取ってね。でもやっぱり高知で釣りたいですけどね」



ずっと磯釣りを楽しむなら、志は“太く”
これからの目標は? と最後にたずねると、和渕さんはこう即答した。
「日本記録更新のみ。これがもう生涯の目標です。イシダイとクチジロと、これが釣れたら威張れるし、釣れんかったらあいつアホやったと言われて終わる。人生、ほんでええんちゃうかね。もう百ゼロで」
和渕さんが日本記録にこだわるのは、ただ数字の上だけでのイメージではない。現日本記録の魚(拓寸84.5cm、重量9.2kg)の実物を実際に目にしているからだ。
しかし、もしそんな日本記録の魚を釣り上げたら、和渕さんは燃え尽きてしまうタイプなのだろうか。それとも…。
「それね、僕も知りたい。早く釣って知りたい。本イシはなんかね、もう夢で何回も見るのよね。なんでかわからんけどメスのおっきいやつを釣るイメージがずっとあって。それを釣ったときに殺せんのんちゃうかなと思って悩んでました。でも実際どうなんかな、燃え尽きてしまうんかな? 徳島県で僕が聞いてるのは知り合いが突いた11.5kgっていう本イシ。いたということは確実なんで、12kgのイシダイを釣った場合は燃え尽きるかもわかんないですけど、まずそれを釣ることが先決やね(笑)」
そんな和渕さんが最近危惧していることがある。
「やっぱり磯釣りの人口がどんどん減ってるんでね。もう渡船業が成り立たないのが現状なんで、なんとか磯釣りの人口を増やしたいんだけども、何をしていいのか分からないのよね。大会とかいろんなイベントも考えたけど、冷静に考えたら結局、今してる人しか来ないしね。だからまったく釣りに興味がない人にどうやって興味を持ってもらうかいちばん悩んでますね」
そのためにはどんな形であってもいい、というのが和渕さんの考え方だが、ひとつの線引きがある。
「極力どんな釣り方でも、やっぱり大きい魚を狙って志を“太く”持ってやってもらいたい、というのがひとつのお願いですかね。ライトの方向にどんどん走っていくと、ブラックバスでもそうですけど、やっぱり釣れなくなったらみんなやめてしまう。最後ワームでネチネチやってこんなの(小さな魚)釣るっていうふうになって、究極釣れなくなったら、もうどうしても釣れない魚になる。太い仕掛けでなかなか食わないのを、どう騙して釣るかっていう方向に行ってくれた方が、いつまでも魚が釣れてお客さんも増えるんじゃないのかなと思いますね」
日本記録の魚を釣り上げることも、磯釣り人口を増やすことも確かに難易度は高い。しかし、かつて和渕さんが1990年代前半のアメリカで感じたような新しい風を、磯釣りに吹き込むことができる人は和渕さんのようなタイプなのかもしれない。




