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吉田賢一郎ヒストリー/磯に生きる

 

 

 

ただひたすらに己の技術を追求

吉田賢一郎さんはどんな状況においても淡々と、周りの空気に左右されず自分のペースで釣り続ける。漁師のように無駄がなく、仕掛け交換はすさまじく早い。その姿から「サイボーグ」になぞらえることもあるが、氷のように冷徹な人ではない。
考えているのは、ただ次の1尾のこと。そのためにはどうすればいいのか? だからトーナメントでも緊張しない。対戦相手も気にならない。勝負に負けてもサバサバしたもの。そんなことではだめだと先輩から苦言を呈されたこともあったが、自分の釣りを高めることで頭がいっぱいなのだ。
そんな吉田賢一郎さんの釣りの原点、磯との出合いはどのようなものだったのだろうか。

竿を握ると真剣勝負。かといってピリピリした雰囲気もない。魚との駆け引きだけを考える吉田さん

竿を握ると真剣勝負。かといってピリピリした雰囲気もない。魚との駆け引きだけを考える吉田さん

 

フナに始まり海へ。そしてチヌへの憧れ

1971年生まれで初めて竿を握ったのは3歳頃。意外にも釣り人生のスタートはフナだった。
「家の前に川があったので、そこにフナとか泳いでたんですよね。親戚のおっちゃんと一緒に釣ろうと思ったんですけど、なかなか釣れないんですよ。それで夢中になって、幼稚園から帰ってきてすぐに竿を出してました。それが最初ですね」
釣れないから夢中になるあたりがいかにも吉田さんらしいが、たまに川に落ちたりしながら成長し、当然のように海にも足を運ぶことになる。
「自転車で5分か10分ぐらいのところに港があったので、そこへ親戚のお兄ちゃんにハゼ釣りに連れて行ってもらいました。子供たちだけで海に行って、ほぼ毎週のようにハゼ釣りをしてましたね」
海は圧倒的に釣りの対象魚が多い。メバルやハゼ、投げ釣りのカレイ、アイナメ、そしてチヌ。そんな魚たちが吉田少年の心をわし掴みにする。
「小学4年生ぐらいからですかね、結構チヌ釣りがはやっていたんです。棒ウキのバクダン釣りですね。投げ釣りをしていたら、隣でおっちゃんたちが棒ウキでサナギのダンゴを握ってやりだすんですよ。大きいといっても30cmぐらいですけど、僕もチヌを釣りたいなと」
カレイやアイナメはエサを刺して投げておけば食いついたが、チヌはそうではなかった。ダンゴにオキアミやカニを包み「寄せて釣る」必要がある賢い魚だという意識が芽生えたという。
「それでやり始めたんですけど、またそれがまた全然釣れない。おこづかいが限られてるというのもあったんですけど、たまに釣れる小っちゃい17、18cmのチヌでもすごいうれしくて」
中学生になるとコツをつかんで数が釣れるようになってきた。バトミントン部にも入っていたが、釣りがおもしろすぎて退部。夏休みの途中からは毎日チヌを釣っていたという。

堤防から磯へとフィールドは変わったが、吉田少年をとりこにしたチヌの魅力はいまだに色あせない

 

瀬戸内のフカセ釣り黎明期に

かつての瀬戸内はバクダン釣り、つまりダンゴ釣りが隆盛をきわめていた。吉田さんの記憶によればフカセ釣りがはやるきっかけとなったのは、岡山県倉敷市と香川県坂出市を結ぶ瀬戸大橋開通(1988年)のタイミングだという。
「高校はずっとバクダン釣りばっかりでした。フカセ釣りは瀬戸大橋ができた頃からはやり始めたと思います。雑誌を見ていると、それまではバクダン釣りだったのが、いきなり中身が変わったんですよ。それに結構釣れてるんですよね。フカセ釣りというものは知っていたんですけど、港では誰も釣ってる人がいないし、知ってる人もいないわけで、ここまでなかなか(情報が)来ないんですよ」
そこで吉田さんは釣具店でフカセ釣りについて教えてもらい、試してみることにした。
「そうしたら2、3尾釣れたんですよ。それからもうハマってしまって、仕事を始めてからも終業後に竿を出してましたね。夕方5時に仕事が終わって帰って、用意をしておけば6時半には竿が出せる。そんなことをしょっちゅうやってました」
フカセ釣りで釣れるチヌはサイズが大きかった。そして同じウキ釣りではあるがバクダン釣りとは根本的に内容が異なっていた。そこが吉田さんを魅了し、次第に磯を志向するきっかけにもなってゆく。
「(フカセ釣りは)エサを撒いて流していって、どこで食うかを探る。バクダン釣りは底に置いて釣る。今ほど魚が大きくなかったんで40cmオーバーってあまり釣れるサイズじゃなかったんですけど、フカセ釣りでは35~38cmがメインでしたね。5、6尾釣って40cmがまじる、そんな感じです」

瀬戸大橋が開通した頃から瀬戸内のチヌ釣りが大きく変わり、フカセ釣りの人気が急上昇した

寄せて釣るのがフカセ釣りのおもしろさ。待つだけでなく探りにいけるところが吉田さんを魅了した

 

「未知」があるから磯に惹かれる

吉田さんのフカセ釣りは堤防から始まったが、現在はほぼ磯がメインのフィールドだ。理由は磯ならではの魅力があるからだという。
「どう言ったらいいんですかね。まずどこで食わせるか、エサを撒いてどっちに流れていくかを見て、どこに魚がいるかを探らないといけないんですよね。特に初めての場所では水深も分からない、かけ上がりも分からない、どこに魚がいるか分からない状態で、探し当てて掛けても変なところに石があったりして、それにカキが着いていたら、ちょっとラインが当たっても切れたりするわけなんです。そこがおもしろいところですよね」
次第にフカセ釣りと磯は切り離せない関係になっていった。確かに始めた当初は堤防で竿を出すことも多かったし、渚で釣ることもあった。それでも磯中心になるまで時間はさほどかからなかった。磯にはたくさんの「未知」がある。不確定要素が多いほど吉田さんはワクワクするタイプなのだ。
「バラしたなと思ったら、今度ちょっと気を付けてやろうとか。でもバラした原因の石もポイントになるんですよね。そんな感じで手探りで探っていけるわけです。波止ってだいたい敷石があって、かけ上がりになってみたいな感じで、波止は波止なりのおもしろさや難しさはあるのですが、自分は磯が好きですね」
現在に至るまで釣りはほぼ独学。雑誌を見たりテレビの釣り番組を見たりして知識をたくわえ、徹底的に現場で竿を出すことによって腕を磨いてきた。シンプルにたくさん釣ることを目指し、自分が釣っていればそれは釣り方が正しかったということ。逆にたくさん釣っている人がいれば、それが目標になる。そんなことを繰り返すうちに釣れるようになっていった。
仕掛け交換など手返しの早さも、そうして身につけていったが、自分ではまったく意識していなかったそうだ。
「JFTのトーナメントに行って宮川明さんに言われたんです。早いとは言われてたんですけど、普通よりちょっと早いぐらいにしか思ってなかったんです。『練習したんか?』という話になって、そのときに初めて人より早いんだなと気付いたんです」

思いもよらぬ出来事があるからこそ磯釣りは楽しいという

基本的にシーズン中は同じ磯に二度上がることはない。この日上がったのは下津井沖の櫃石島にある造船鼻

 

トーナメントに出場した理由

しばらくはバクダン釣りも並行してやっていたが、いつの間にかフカセ釣りオンリーになっていた。それと時を同じくして競技の世界にも足を踏み入れる。吉田さんは20代前半だった。
「当時はG杯しかチヌの全国大会はなかったんですね。その予選が宇野沖であったんですけど、それに参加するために下津井に通いました。釣り方は同じなのでね。毎週通って予選に出て、そこで残れたんです。20~21歳ですかね」
腕が上がってくると「自分の釣り方が正しいかどうか」を知りたくなる。あるいは相手との勝ち負けを決める競技に燃え、アドレナリンが出るタイプの人もいる。競技に出る動機にはいろいろあるが、吉田さんはどちらかといえば前者かもしれない。
「自分が釣れなくても人が釣ることもある。その反対もあるわけですよ。釣りって本当わからない。腕かなと思ったら潮もある。みんなどれぐらい釣ってるのかなと聞いて回ったり、人の釣った魚を見せてもらって、自分も一生懸命釣っていてそれなりには釣れたんですけど…。雑誌に出てる名人とかに近づきたいじゃないけど、自分も参加してみたらどうかな、というのがあったんですよ」
予選を通過した吉田さんは小豆島で開催された全国大会に駒を進める。そこでも準優勝の成績を収め、競技の世界にのめり込んでいくのだが、試合で勝つことの意味が吉田さんは普通の釣り師とはちょっと違う。
「たまたま何で2位になれたのかなみたいな感じで、運も必要なんだとつくづく思いました。(やったという感覚は)あまりなかったですね。普段だったらひとりで行ってやりたいようにやれるんですけど、場所交代がある中でどうやって釣るかが難しい。考えて計算しないといけないし、これはちょっとおもしろいなと。 そんな感じでどっぷりハマってしまいました」
翌年の大会では成績がふるわず、シード権を取ることができなかった。その後も予選はずっと出ていたのだが結果は出なかった。その間にメーカーのモニターになったこともあり、しばらくチヌの競技からは離れざるを得なかったが、全国規模のチヌのトーナメントがいろいろ開催されるようになると吉田さんは息を吹き返す。鱗海カップを2度制し、その実力を証明した。

鱗海カップ2度の優勝をはじめトーナメントでも実績を残すが、勝負事が好きなわけではない。勝利に対する執着や自己顕示欲も少ない。珍しいタイプだといえるだろう

 

変化する釣りに合わせ遠投ハヤテを選択

吉田さんの釣りへの探求、その情熱は今も変わらずに持続しているが、その中でいろいろ変化を感じることもあるし、自らも変化している。
大きな変化としては冬にチヌを釣る機会が増えたこと。以前は冬にチヌを狙う人がほとんどいなかった。23歳ぐらいまでは春から秋がチヌ、あとはグレ釣りに移行していた。きっかけはコロナ禍。遠くへ行きにくくなったこともあり、冬に竿を出してみると結構釣れたのだ。サイズは35~45cmで、まれに50mも出る。
バクダン釣りの時代とは隔世の感があるが、いまや年中釣れる魚になりつつあるという。そして冬のチヌ釣りは独特のおもしろさがある。
「深さもあるんですけど魚がそんなに動かないんで、冬はここ、みたいな感じでポイントも絞りやすい。ベタ底ではなくちょっと上で食うときもありますし、年間を通じて最近冬がよく釣れるんじゃないかなと。本気でやったら10尾とか釣れたりするので、冬のチヌ釣りもいいなと思い始めて、コロナ禍からは結構冬にチヌ釣りをしてますね」
もうひとつ。最近は2タックルを用意して挑むことが増えたという。
「普通に仕掛けを流していて釣れるときは棒ウキが増えました。でも下津井は潮が速いので、沖から潮が当たってきて上だけヨレるというか、そうなるときがあるんです。そのときウキを浮かせていたら、その潮にのまれて手前に寄ってきてしまう。けど中通しウキを沈めたらポイントにとどめやすい。そういうのに即座に対応するために2タックル用意することが多いですね」
また、釣り続けるうちに見えてきたチヌの習性もある。
「一気にエサを吸い込むときもあれば、口先でつついてピッと放すときもあるし。エサの周りをくるっと回ってどこかへ行くのかなと思ったら戻ってきてパクッと食うこともある。魚ってね、食い方がいろいろあるんですよ。いちばん条件の悪いときに合わせたら、まずエサは軟らかいものがいい。エサ取りが多かったら別ですけど、やっぱりすぐに食うわけじゃない可能性もあるわけです。
だから軟らかいエサにはやっぱりズレにくいハリですかね。サシエがちょっと引っ張られたとき、エサが軟らかいほうが抜けやすいと思う。それで言ったら遠投ハヤテの6~7号がいいので最近よく使ってます。大きいチヌバリのほうが口に掛かりやすいこともあると思うけど、冬の場合は吸い込みが悪いんで軟らかいエサが食い込みがいいんですよ。そう思ってるので軟らかいエサにはズレにくいハリで、あまり大きくないものがいい」

冬の釣り、そして棒ウキをプラスした2つの仕掛け。長いキャリアに甘んじることなく吉田さんは変わり続ける

冬の釣り、そして棒ウキをプラスした2つの仕掛け。長いキャリアに甘んじることなく吉田さんは変わり続ける

最近のお気に入りは遠投ハヤテ。軟らかいエサを意識したセレクトだという。この日もがっちりチヌの口を捉えていた

 

磯チヌのない人生なんて

あらためて磯チヌの魅力はどこにあるのか、吉田さんに聞いてみた。
「近場で釣れるのがまず第一ですよね。いろんなところで釣れるので、一級磯に行く必要もないわけです。だから基本、同じ場所には行かないようにしてるんですよ。天候もあって、そうもいかないときもあるんですけど基本は年に1回。いろんなところで釣りたいということですよね」
子供の頃は下校後に200日以上は竿を出していた。社会人になってからも月に15~20日は海に通っていた。20代までは休日に竿を握らないことなどなかった。釣りに行きたくてしょうがないのでほかの遊びは一切しない。お酒も飲まない。ギャンブルにつぎ込むお金があるくらいならエサを買う。ストイックといえばストイック、逆に言えば磯に立つことが無上の喜びなのだろう。
「もしチヌと出合っていなければ今頃は何をしていると思うか」。
それが吉田さんがもっとも困った質問だった。
当然かもしれない。高校時代にはすでに年間2000尾近くを釣り上げていた。通算で数万尾は下らないはずだ。それでも現在に至るまで飽きを感じたことはないという。そんな吉田さんに磯やチヌ、フカセ釣りと無関係な人生なんて、想像できるはずがないではないか。

 

どれだけ釣っても色あせないのがチヌの魅力

誰かに勝つことではなく、どれだけ正解の釣りに近付けるか。吉田さんの探求はこれからも続く

 

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