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オーナーばり製作秘話

オーナーばり製品が生まれるまでの製作秘話や苦労話、 オーナーばりのヒット商品はこうして生まれた!等、皆様に喜んでいただけるような裏話も語っていこうと思います。
今後も不定期ですが更新していきますので、ご期待ください!!

JUST-ONE(ジャストワン)

1990年、ジャストワンが誕生しました。そして、1992年ジャストワン ブラックを販売、その当時としては、驚異的な数量を記録しました。
ワンサイズということで、商品が細分化していく中で、売りやすく、「フォルムを最大限に生かすサイズがそれぞれある」というコンセプトも理解しやすかったのだと思います。

1980後半、海産・湖産の鮎が大変元気で、1989年報知鮎釣選手権日高川、決勝日には、2時間の平均釣果が19.3匹という成績は驚異的でした。
そのような状況の中、狩野川で、高松氏 小倉氏 吉川氏3名とオーナーばりスタッフが鈎について激論となりました。内容としては、鈎の形の問題でした。
「トーナメントの時期に勝てる形、ハリ先の鋭い物をワンサイズでよいから、しっかり造ってほしい」という要望でした。その要望に応え、完成したワンサイズフックが<ジャストワン>です。

スティンガートリプルフックシリーズ(ST-46)

当時、すでに世界中であらゆる魚を釣りまくっていたあの村田基さんが31のカーブポイントの「刺さる機能」を各メディアや釣り博会場で‘易しく分かりやすく’基本から解説してくださるにつれ、いままでフックに対していまひとつ興味を示さなかった皆さんも徐々にフックにも関心を示してくださるようになりつつありました。

また、時を同じくしてSWでは、やはり堀田さん(ご存知ヒラメハンターの)がサーフで31を多用し大型ヒラメのを連発したことから、このころ急激にSTに注目が集まり始めまたように記憶しています。私自身も堀田さんとたびたびサーフに釣りに出かけましたねぇ…。(余談ですがアックスヘッドなどもこのころデザインしたものですから、フックはサーフでポイントの傷みにくい31を純正でセットした経緯があります)

私もそういったスティンガー機運に乗じ、フック単体のアップで1ページを占めるような媒体広告を組み「ハリも重要なタックルですよ!」というアツいメッセージを込めてみました。大局的にみて31によって徐々にアングラーがハリに興味を持ち始めたころ、 「サビにこんなに強いなら、SW用にあとワンランク強い設定のフックも欲しい!との要望も寄せられ始めました。これが46をデザインするキッカケでしたね。

特にアツかったのは宮崎県のアングラー友草さん(モアザンのヒラスズキ開発でおなじみの)でした。いまでもバリバリの友草さんですが、当時は現在に輪をかけて煮えたぎるバイタリティでサーフのオオニベと磯のヒラスズキで媒体を賑わしてる方でした。

つづく。

メバル弾丸

メバル弾丸。私がデザインを担当したフックの中でも、多くのアングラーにご使用い
ただけたロングセラーです。

この前身は「メバルショット」もう12年も前です。当時まだ私自身もメバル釣りはさほどしておりませんでしたが、担当エリアである淡路島ではポツリポツリと「メバルがワームで釣れる」との話題が出始めたころ。正直いうといまひとつ確信がないままではありましたが、メバルショットを商品化しました。

メバルのワーム釣り(笑)にそれなりに興味が湧き、訳が分からないままミッチェルのトラウトロッド「スベリオールプロ」で仕事終了後にメバル釣り、たまに釣れてくるメバルに一喜一憂。いまでは嘘のようですが、このころはまだメバル専用ロッドはほとんどなく、トラウトロッドを使用するしかなかったのです。

そんな折りです、「ルアーフリーク」というルアー専門誌(マニアックな釣りを発掘する面白い本でしたが残念なからいまは廃刊。僕はバックナンバーを捨てられずにいます)に淡路島のメバル釣りの全体像が紹介されていました。

ルアーフリークの記事を読み返しながらトライアンドエラー…。夜の海で一人ぼっち(笑)。これが悪くない。
けど、大して釣果は伸びない…。

そうこうするうちに、私の釣り友達のなかでも突出した釣りセンスをもつ一人のすご腕メバルマンと、淡路島で釣りをする機会に恵まれました。まるで漁師のような彼の釣りを見せられたとき、このときの衝撃がメバル弾丸につながっていきます。

 

つづく。

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