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【 第八話 釣り師が畏怖するフィールドの異変~トラウトの輝きが厭世観を浄化する~】

もうすぐテレビ北海道(TVH・7ch)の釣り番組『ノースアングラーズTV』の放送(7月7日AM5時25分スタート)が始まる。
オーナー社提供回のトップバッターを仰せつかった私は、万全の体制を敷くべく、ロケ地を求めて道内の釣り場をリサーチしていた。番組の撮影は予備日を入れても二日しかない。自然相手の釣りには、なんともタイトな日程だ。
近年の傾向から、この時期の道内は天候が安定しないため、私はサーフと内水面の両建て候補地を想定。仕事の合間を縫って、試釣を続けていた。今回の話は、そんなさなかの出来事だ。
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残雪から染み出す雫で濡れた道路が、春の陽光を照り返す。
高地の人造湖に向けて車を走らせていた私は、黒光りするアスファルトの舗装道路が放つ光の眩しさに眼を細めた。

目的の湖の近くの空き地に車を停め、タックルの準備を済ませると、陽炎(かげろう)が立つ湖畔を目指した。水分を含んで脆くなった足元に気を配りながら歩を進め、一級ポイントのインレットに到着。
もうすぐ釣りが始まる。気持ちが高揚する場面のはずが一転、眼の前に現れたのは落胆の光景だった。濁った水が音を立てながら湖へ注いでいる。水位の上昇は著しく、インレットは後退し、目的の釣り場は完全に水没していた。

「マジか……。こんなことは初めてだな」
これは異常事態。例年なら、とっくに水が落ち着いていて、雪代は残雪からゆっくりと染み出す程度で、釣りに支障はない。それなのに今年は、季節外れの雪代水が溢れ出して釣り場を台無しにしている。

原因は、季節外れの猛暑にあった。本来、冷涼な北海道では五月の気温が25℃を超えるのは稀で、肌寒いくらいが普通。ところが今年は、連日、真夏日が続く異常気象に見舞われた。道北の佐呂間町では観測史上初の39℃を越え、熱中症の注意喚起まで出る始末。この熱波の影響で、本来なら夏にかけてゆっくりと溶ける山頂の残雪が一気に解けだしてしまった。結果、雪代が復活し、川の季節を後戻りさせてしまったのだ。

〈これは酷いな……。インレットで釣りをするのは無理だ。いつもなら、今時期はアメマスがたくさん溜まっているのに残念だ〉
マトモな釣りが叶う状況ではないが、このまま帰るのも悔しい。この湖の釣りは、私にとって年中行事のようなもの。ここまで来て、挨拶しないで帰るわけにはいかない。

インレットを諦めた私は、新たなポイントを求めて湖畔を探索。なんとか濁りの少ない場所を探し当てた。

〈ここでキャストしてみるか。状況が良いとは言えないが、シャローから掛け下がる場所だから、魚が出る可能性はある〉
目星をつけた湖畔の岬に降りていくと、草の間から雛菊の花弁が覗いた。北海道の高地では初夏に咲く花だ。

「この猛暑で季節が狂ってるなぁ。こんな猛暑、植物もたまったもんじゃないよな。なんだか気味が悪いや」
北国の民にとって暖かさは歓迎すべきことだが、これは行き過ぎだ。足元から立ち上る陽炎と共に、薄気味の悪い違和感が込み上げてきた。

急激な気候の変化が起きていると、確信した瞬間だった。
フィールドに立つ釣り師は、環境に敏感な人種である。温暖化を感じているのは、私だけではないはずだ。春の訪れは早まり、四季の別は曖昧になり、猛暑の夏は当たり前になった。そうした気候変動のアクセルは緩むことなく、年々、速度を増しているように思える。
これまで生き物は、環境の移ろいに合わせて己の身体を変えて対応してきた。その積み重ねが進化に繋がるのだが、変化のスピードが速すぎると順応するのは難しい。となれば、待っているのは滅亡への道だ。

環境の激変による大規模な生命の絶滅は、これまでに何度も起きている。恐ろしいことに、昨今、巷(ちまた)を騒がせている二酸化炭素の急増による温暖化が原因の大量絶滅もあったという証拠も見つかった。
時を遡ること、約二億五一〇〇万年前。超大陸パンゲア(古代に存在していたとされる広大な大陸)が分裂する過程で、地球内部にストレスが蓄積し、膨大なマントルの上昇流『スーパーブルーム』が発生。それが引き金となって大規模な火山活動が始まった。噴火のパワーはとてつもなく巨大で、その後の自然環境を激変させてしまう。
大気中の酸素濃度は三分の一に低下し、代わりに二酸化炭素などの温室効果ガスが激増。急速な温暖化に適応できない生物は死に絶えていった。最終的にペルム紀末期に棲息していた生物の九〇パーセント以上が絶滅したという。

これは遠い昔の出来事で、現代を生きる我々には関係ないと思われるかもしれない。しかし、そうではない。内燃機関の発明から産業革命を経て、我々は高度な文明社会を築いてきた。だが、その一方で、世の中が快適になればなるほど温室効果ガスが増えていく。一説によると、現在、人間の営みによって空気中に放出されている二酸化炭素の総量は、ペルム紀末期に大量絶滅を招いた破局噴火の三〇〇倍にも相当するらしい。これでは滅びの道を歩んでいると云っても、過言ではない。
このまま手をこまねいていると、人間は周りの生き物を道連れにして滅亡する可能性が高い。それでも我々は、さらなる豊かさを求めて化石燃料を燃やし続けることを選ぶのか――。

厭世感に憑かれた私を救ったのは、ロッドを震わせる生命の躍動だった。
「えっ、バイト?」
雪代で濁った水面を前に、考えを巡らせながら無意識でキャストとリトリーブを続けていたので、魚が喰らいつくなど思いもよらなかった。
慌ててロッドを煽ると、腕に軽い衝撃が走った。紛れもない魚の手応えだ。

〈フッキングして良かった。それにしても、こんな状況でヒットするとは思いもよらなかったよ。ヤバい、ヤバい〉
岸辺近くの水面には、打ち寄せられた流木がたくさん浮いているので、慎重に取り込まねば――。

ほどなくして、薄茶色の水の中にアメマスの白い腹が覗いた。
〈やった。結構いい型だな〉
屈みこんで思い切り手を伸ばし、ネットに魚を招き入れる。
だが獲物は、まだ余力が残っている。激しく抵抗するが、ここで逃す訳もなし。優しくいなしてやると、程なく私の手に落ちた。

金属光沢を纏った魚体。厳しい環境にもめげず、逞しく生き抜くアメマスの美しさは格別。私は釣り上げたトラウトを鑑賞するのが、何よりの楽しみなのだ。
これから先も、こうしてトラウトと戯れることができるのだろうか。私だけではなく、子や、孫の世代も、この喜びを知って欲しい。
〈陽光を映す魚の煌めきを未来永劫に拝めますように〉願いを込めて、アメマスをふたたび湖へ放った。

もっと豊かに、もっと便利に、を目指して我々は発展してきた。現在、その弊害に苦しんでいる。際限のない「もっと」から脱却せねば、環境の保全は望めないだろう。
強欲を捨て去り、自然とのバランスを計りながら文明社会を維持する。難しくとも人間の行く末はこれしかない。我々は滅びの道を突き進む愚かで狂った猿ではないはずだ。

 

【追記】
冒頭で紹介した「ノースアングラーズTV」の撮影は、悪天候のためにサーフは断念、今回の話に登場した湖で撮影した。当日も季節外れの雪代に悩まされる展開だったが、逞しきトラウトが姿を見せてくれた。
タフなコンディションでショートバイト連発の窮地を救ったのがフック。スプーンにセットした軸の長いS59(ルアーとフッキングポイントが遠いため、不活性時のバイトでもしっかりと鱒の口を捕える)と、ミノーにセットしたSTX38(剛性と柔軟性に富む素材、タフワイヤー製なので、貫通性に優れ、保持力が高い)が、効力を発揮してくれた。
厳しい条件下の釣行では、少ないチャンスを確実にモノにしなければ釣果は望めない。釣りの最前線で魚と対峙するフックは、「要」。最も拘らなければならないアイテムだ。今回のロケは、その重要性を再認識した釣行でもあった。

 

◆Photo graphic


001・季節外れの雪代が注ぐインレット。これでは釣りにならない。


002・夏を思わせる陽気のなか、湖畔で遊ぶ野ウサギ。


003・濁りの少ないエリアで、ヒットをモノにした。


004・厳しい環境を乗り越えて、息づくアメマス。逞しく、美しい魚だ。


005・ノースTVの撮影が始まった。前日の大雨で、フィールドはまたも増水。


006・工夫して遠いポイントを攻略。会心のヒットだった。


007・ファーストフィッシュを撮影。肩の荷が下りた瞬間だ。


008・宝石のように輝く、コンディション抜群レインボートラウト。


009・無事に撮影が終了。フックの重要性を改めて知った釣行でもあった。

 

神谷悠山 北海道旭川市在住
物心がついた頃から渓流釣りを覚え、これまでに様々な釣りを嗜んだ。その経験を生かし、メディアで釣りの魅力を紹介している作家、構成作家。得意とするのは、内水面のトラウトフィッシング。自らを欲張りな川釣り師と称し、ルアー、フライ、エサを問わず、ノンジャンルで釣りを楽しんでいる。